月面で岩石採集しているチャールズ・デュークさん(1972年)
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<上りつめ、そして落ちていく>
それから2年たったある朝、私はロサンゼルス・タイムズにはさまれていた新しい宇宙飛行士選抜計画の全ページ広告を目にした。私は自分の人生の階段をまたひとつ上るチャンスを見つけ、喜んだ。私は応募し、1966年、NASAの宇宙飛行士に選ばれた。私たち家族はヒューストンへと移住することになった。 私はこの仕事でもすぐに成功を収めることができた。新聞に名前が出、素敵なパーティーに何度も招かれ、社交界も顔を出すようになった。私の古い自我はますます大きくなっていった。私は、この新しい仕事が好きだったし、それに伴ってやってくるいろいろな特権も私にとって好ましいものであった。 私は一生懸命この仕事をした。月への飛行という願いがあったからである。それからの何年間かは、ほとんど仕事と社交に費やす日々であった。 言うまでもなく、私の結婚生活は犠牲になっていた。私はこの時期、結婚生活に多くの時間を割くことができなかったし、またそれほどの関心も示さなかった。言ってみれば、私は婚姻関係と家族(そのとき2人の息子がいたが)をドッティーに預けっぱなしにしてしまったのである。ドッティーはそんな中で傷みと寂しさをおぼえるようになっていった。 月への飛行から帰った後でも、私たち夫婦はうまくいかなかった。ドッティーはいつもふさぎこんで、ほっておくと自殺でもしかねない様子であった。彼女にとって第一であった結婚生活が失敗に終わってしまったという思いが、彼女を苦しめていた。 アポロ16号での月旅行以来、私のうちにも欲求不満と退屈が起こってきた。私は自分の人生における最大の仕事に携わってきた。そして、月へ行くというその目標を達成した。けれど、「いま私はどこへ向かっているのだろうか」、私は自分にそう問いかけた。 私はこれまで歩んで来た道から離れて、ビジネスマンになろうと決心した。私の新しい目標はビジネスマンとして成功を収め、億万長者になることであった。私たち家族はテキサスのブラウンフェルズに移転した。私はそこで時を忘れて新しい仕事に没頭した。 経済的には成功を収めることができた。けれど2年たって、その仕事が本当に自分の願っているものではないことに気づいた。私はその仕事をやめ、別の仕事を求め出した。もちろんそのときにも、私は自分の問題の根本を掘り返したことがない。ということには気づいていなかった。
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