私は戦後の開拓農家に生まれました。最初は台風で家を全部飛ばされたり、機械もなくすべて手作業で大変だったようです。
1964年の東京オリンピックの時、父は畑のすべて(約一万坪)にキャベツを作りました。
当時は白菜や大根など、和菜が中心の時代でしたから、周りの人は気が狂ったと思ったようです。
しかし、その年は東京オリンピックがあり、多くの外国人が来日し、キャベツの需要が飛躍的に伸び、大当たりでした。
父は祈って神様に聞いていたようです。
写真は熊本のキャベツ kosuda